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柴田 展人

TOPINTERVIEW 柴田 展人

柴田 展人Shibata Nobuto

順天堂大学医学部精神医学教室・教授
順天堂東京江東
高齢者医療センター・
メンタルクリニック科長

1994年新潟大学医学部卒業。カナダ・トロント大学留学を経て、2003年~2017年順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学。2017年より順天堂大学スポーツ健康科学部健康学科教授。専門分野は精神医学一般、認知症、産業精神医学など。2020年より、順天堂東京江東高齢者医療センター・メンタルクリニック科長。

新型コロナウイルスの感染拡大により不要不急の外出自粛が呼びかけられ、
閉じこもりがちになると、心身や脳の衰えというもう一つのリスクが迫ります。
グランクレールでは、衰えを防ぐためにも、感染対策をしながら「ロコモ予防体操」などの運動プログラムを継続しています。
プログラムにおいては、運動が脳の認知機能にどのように影響するのかも専門的な見地からアドバイスをいただいています。
順天堂東京江東高齢者医療センターで認知症などの診療に携わっている精神科医の柴田展人先生にお話をお聞きしました。

コロナ禍を通して
コミュニケーションが
変化してきたことは、
誰にとっても精神面に
影響があると思います

1高齢者の方の集まる場が失われている

私は、父が老年医学の医師だったこともあり、あまり他の職業を考えず医師になったのですが、患者さんの人生の重大な岐路に立ち会える精神科の領域にやりがいを感じ、高校生の時から迷いもなく精神科医を目指していました。父の後を継ごうという気はなかったのですが、たまたま最初に担当したのがアルツハイマー病の患者さんだったこともあり、認知症や高齢者医療を専門とする道を歩んできました。

精神科医としては、臨床現場に出て実際に患者さんに接することと、介護職など他の職種との連携を大切にしています。今も地域包括支援センターのスタッフなどと一緒に仕事をしていますが、新型コロナウイルスの影響を最も感じるのは、デイサービスなど高齢者の方が集まれる物理的な空間が失われたということです。コロナ前はデイサービスに行っていたけれど、コロナを機に行かなくなってしまったという人は一定数いて、それは患者さん本人の心理もそうだし、ご家族が心配して行かせないという場合もかなり増えたと実感しています。

ほとんどの方がワクチンを打ち、それぞれの施設が感染対策をするようになってからも、地域包括支援センターでオレンジカフェなど高齢者の方が集える場を準備しても集まりが悪いようです。仮にコロナ禍が一つの終息を見ても、日本人にとってこの意識はあまり変わらないものなのではないかと思います。

2気づかないうちに
衰えが進行している

デイサービスだけでなく、新型コロナをきっかけに日常の通院が途絶えてしまった人もいます。その後に身体的に体調を崩して緊急入院となってしまった人も増えました。数値などで可視化がしづらい部分ではあるのですが、日常のデイサービスや通院が見守りの役目をはたしていて、本来ならそれがあることによって健康を維持できていたものの、コロナによってそれが途絶えてしまったことで、気づかないうちに密かに心身や脳の衰えが進行している人が相当数いるのではないかと思います。体を動かさない、食事が偏る、人と話さないといった生活が続き、身体や脳の機能が衰え介護が必要な一歩手前になった状態を「フレイル(虚弱)」といいます。

私は企業の産業医として働き盛りの年代の健康相談にのることもあるのですが、コロナをきっかけに自宅にいる時間が増え、アルコール依存症の人が進行してしまったり、不眠に陥る人が増えたりもしています。生活の自由度が広がるということは一概に良いことばかりではなく、人は潜在的に人とのコミュニケーションをかなり求めているのかもしれません。コロナ禍を通してコミュニケーション自体が変わってきたことは、若年層にも高齢者の方にも、どの方にも精神面に与える影響が少なからずあるのではないかと思います。

フレイルとは

3潜在的に存在する認知症予備軍も

脳の機能の衰えが進めば、認知症のリスクが高まります。軽度認知機能障害といって認知症の手前のグレーゾーンの人は、デイサービスに行くほどでもヘルパーにきてもらうレベルでもなく、ある程度、自立した社会生活ができるために放っておかれている人がかなりいます。今は問題ないけれど、何もしないで放っておかれるとだんだん悪くなってしまう認知症の予備軍が潜在的にかなり存在するのではないかと危惧しています。

気づかないうちに密かに進行している衰えは、目に見えず言語化しづらいものです。同居している家族は毎日見ていると小さな変化がわからなくなっていることが多く、たまに会う娘・息子が「少しおかしい」と気づくことがよくあります。横槍のように思えても、実際にはその指摘が正しいことが多いです。夫婦でサポートし合いながら生活していても、ある日気づいたら老老介護という事例も少なくありませんので、ご家族それぞれの見守りの目があることが大切です。それも常日頃世話している人、たまに違う見方をしてくれる人の双方がいて、関係する人たちで協議したうえで重要な決定をしていくのが理想的だと思います。

ご家族から見て、久しぶりに行ってみたら部屋が汚くなっていた、料理をしなくなって買ったものばかり食べるようになった、外出が減って今まで行っていたところに行かなくなった、通院しなくなったなど、生活の枠組みが小さくなるというのは、認知症に気づく一つのサインとして意識すると良いかもしれません。

4できることは自分でやる

異変に早く気づくことも大切ですが、なるべく進行させないように衰えを防ぐにはどうしたら良いでしょうか。患者さんにもよくお伝えしていることは、「できることはやりましょう」ということです。趣味でも仕事でもそうですが、日常生活は便利になると、自分ではやらなくなってしまい、「やらない」ことは「やれなく」なります。今までやれていたことがやれなくなると家族も気づきやすいのですが、そういう兆候も、やってみないとわからないのです。例えばどこかへ出かけるなら交通費をカードや電子マネーで払うのではなく、切符を買ってお金の勘定をする方がいい、というように、残存機能を活かす工夫をすることが大事だろうと思います。外へ出て散歩する、家の中でも料理を作っていたのならなるべく作る、外食を楽しみにしていたのなら外食にも出かけるなど、コロナ以前はやれていたことがあるとすれば、積極的に取り戻す方がいいでしょう。

5認知機能維持のためにも運動は重要

筋力トレーニングなどの運動も大切です。筋力を維持することが身体機能を維持すると言われていますが、これは認知機能を維持するためにも重要です。慢性疾患が予防できるという機能面だけではなく、運動することが精神面でも刺激になり、いろいろな身体活動が保たれて、生活範囲が確保できるという側面もかなり大きいと思います。反対に、歩くのがノロノロしていれば周りの人もつきあわなくなって、デイサービスなどもついていけないことで気後れして行かなくなってしまい、結果、刺激もなくなって認知機能も悪化していきます。体と脳の機能はどちらが原因でどちらが結果とは言いにくく、おそらく両輪なのだと思います。

運動の効率性を求めるならパーソナルトレーニングの方がよいわけですが、集団で集まって筋力トレーニングを行うことで仲間意識や競争意識が出て、より頑張れる、続けられるといった意味もあるだろうと思います。頑張ったことの結果を評価してフィードバックが返ってくることは、やりがいにもつながるでしょう。

フレイルを防ぐ過ごし方

6さまざまな刺激で
フレイル・認知症を防ぐ

自宅で生活している人も、基本的な考えは同様です。フレイルを防ぐには身体的・精神的・社会的に健康で満たされている状態を実現することが重要です。(下記「フレイルを防ぐ過ごし方」参照)。精神面について言えば、人は孤独・孤立に本能的に弱い部分があり、さまざまな刺激が得られないと認知症のリスクが高くなります。高齢者の方は生活圏が萎縮してもあまり困らないようですが、困らない状況とは刺激がない状況につながり、認知症予防のためにはあまり良くないのです。コロナ禍でも感染対策をしながら集えて、運動や趣味など安全に人と人が交流できる環境が重要だと思います。その意味では、仲間意識のあるご入居者が集まり、スタッフの見守りのある中でさまざまな活動ができる高齢者住宅のような空間というのは、とても貴重な場であると思います。

私は現在、企業との共同研究により、オンラインで遠隔デイサービスを実現するためのシステム開発に取り組んでいます。運動したときの動画から関節がきちんと曲がっているかなどを推定するAI技術や、表情から感情などを推定する表情認識AI技術、その人の歩行の特徴をデジタル化する技術などを用いて、一人ひとりの状態に合わせた運動やアートなどのプログラムを遠隔でも続けられるようなシステムです。将来、このようなシステムができれば多様な場面で可能性が広がると思います。対面でも遠隔でも、何らかの機会や場があるということが大事なのだと思います。

リスクを取り除き、安全を守りながら、高齢者の方の身体機能・認知機能をどのように維持していくかというのは社会全体の課題です。個人でも、「やれることを自分の力でやる」ということを大切にしていっていただけたらと思います。

フレイルを防ぐ過ごし方